古代史を語る

古代史の全てがわかるかもしれない専門ブログ

2018-01-01から1年間の記事一覧

六世紀末に流行した天然痘

『日本書紀』敏達天皇の十四年(585)三月の条に、当時流行した病気の症状について記されている。「瘡ができて死ぬ者が国にあふれた。その瘡を患った者は、体が焼かれ打たれ砕かれるようだと言い、泣きむせびながら死んだ」という意味のことが書かれている。…

崇峻天皇暗殺事件

崇峻天皇はその在位第五年(隋の文帝の開皇十二年、西暦592)の十一月三日、暗殺され、即日埋葬された。『日本書紀』によると時の大臣《おおおみ》蘇我馬子《そがのうまこ》が、東漢直駒《やまとのあやのあたいこま》に手を下させたという。 殺害の動機と嫌…

「なぜそんなものを食べるのか」? 食不食論を考える

歴史を掘り下げる中で「食」に出会うと、今の料理と変わらない旨さが想像できる事もあれば、なぜそんなものを食べるのかと驚く様な事もある。しかし考えてみれば、食べるものを選べるという状況がずいぶんと贅沢なのであって、人類は長い間、獲得できるもの…

月令七十二候集解(七月~十二月)

※前回より続き。 kodakana.hatenablog.jp ○立秋《りっしゅう》 立秋は、七月の節気。立字の解は春のところに述べた。秋は、揪《しゅう》である。物をこのころに揪斂《しゅうれん》(とりいれ)することである。 涼風至《りょうほうし》〔『礼記』は盲風至に…

月令七十二候集解(正月~六月)

※元の呉澄による二十四節気七十二候の解説/試訳/()内は訳注/意味が取りにくい所はふんわり訳/字音のふりがなは全て漢音 それ七十二候は、呂不韋が『呂氏春秋』に載せ、漢の儒者は『礼記』「月令」に入れて、六経と同じく不朽に伝えられている。北魏は…

書評:松本克己『世界言語のなかの日本語』(2007年)

日本語の系統を探る試みは、語彙の比較を中心とする従来の方法では十分な成果をあげることができなかった。それはそうした方法によって遡れるのはせいぜい5~6000年程度の長さであり、もっと古い時代に他の言語と分離したらしい日本語の起源には及ばないから…