2017-04-01から1ヶ月間の記事一覧
天武天皇の脳裡には、即位の当初から、本格的な都城の建設という構想があったに違いない。しかし天武天皇は急がない。そもそも都城は何のために必要か。それは見栄や満足のためではない。都城は法制度の容器である。法典の編纂は、すでに先代において近江令…
『日本書紀』は、壬申の年を、天武天皇の元年として数える。天武天皇の即位は、二年二月二十七日である。天武天皇の二年は、唐の高宗の咸亨四年、新羅は文武王の十三年に当たる。 天武天皇は正妃鸕野皇女《うののひめみこ》を立てて皇后とした。鸕野皇女は天…
軍を率いて美濃国を出、近江国に攻め入った村国連男依《むらくにのむらじをより》らは、七月七日、国境の西息長《おきなが》で大友方の軍と戦ってこれを破り、その将軍境部連薬《さかひべのむらじくすり》を斬った。大海人皇子《おほしあまのみこ》は野上《…
大海人皇子《おほしあまのみこ》が吉野宮を発った日、後から追って合流した黄書造大伴《きふみのみやつこおほとも》が、大伴連馬来田《おほとものむらじまぐた》を連れていたことは前に述べた。この馬来田とその弟の吹負《ふけひ》は、かねて政情を案じ、病…