古代史を語る

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覚書

六世紀末に流行した天然痘

『日本書紀』敏達天皇の十四年(585)三月の条に、当時流行した病気の症状について記されている。「瘡ができて死ぬ者が国にあふれた。その瘡を患った者は、体が焼かれ打たれ砕かれるようだと言い、泣きむせびながら死んだ」という意味のことが書かれている。…

崇峻天皇暗殺事件

崇峻天皇はその在位第五年(隋の文帝の開皇十二年、西暦592)の十一月三日、暗殺され、即日埋葬された。『日本書紀』によると時の大臣《おおおみ》蘇我馬子《そがのうまこ》が、東漢直駒《やまとのあやのあたいこま》に手を下させたという。 殺害の動機と嫌…