天武天皇評伝(二十一) 壬申の乱・三

大海人皇子《おほしあまのみこ》が吉野宮を発った日、後から追って合流した黄書造大伴《きふみのみやつこおほとも》が、大伴連馬来田《おほとものむらじまぐた》を連れていたことは前に述べた。この馬来田とその弟の吹負《ふけひ》は、かねて政情を案じ、病を称して近江の朝廷を下がり、倭国の私邸に控えていた。そして潜…